創立25周年記念誌発刊に寄せて
(亡き初代理事長よりいただきました、母校創立25周年時の挨拶文です)
愛知水野学園理事長 水野恒治
東海工業高等学校は、昭和36年に創立されてから、4半世紀を迎え、25年の伝統と歴史の中で、卒業生諸君の数も1万5千余名にわたり、実社会の様々な分野で、大いに活躍されていることは、真に喜ばしい限りです。
私はこの高校を創立するため、昭和34年より理事長に就任しましたが、その直後の9月26日には有名な伊勢湾台風で、愛知県下全体にわたり、すさまじい被害を受けました。
姉妹校である名古屋電気通信工学院の校舎は、5日問も胸の高さまで水につかり、実験実習機材のほとんどが駄目になり、一方、高校校舎も例外ではなく、当時木造校舎であったため、屋根瓦は飛び、窓ガラスは割れ、校舎は傾くなど大変な被害に遭いました。その後順次、鉄筋校舎に建替え現在に至っています。
また、その間姉妹校として東海工業専門学校、名古屋法経専門学校などを開校し、昭和58年には岡崎に三河高等学校を創立するなど、教職員ならびに卒業生の皆様方のご協力により発展してきました。そして本年4月から、三河高校の隣りに経営情報、英語の各専攻学科を置く東海産業短期大学を開学発足させ、更に来年4月にも蒲郡市内において、自動車工業学科と電子工学科を置く、姉妹校の愛知技術短期大学の新設を予定し、現在、現地では建設のさなかです。
こうして私が各学校を作り上げてきた目的は、日本の次代を担う若者達に、将来、自信を持って生活が出来る知識と技術を教えることと、周りの人から好かれ愛される人柄を身につけて頂くことです。
ご承知の通り、私学には必ず創立者の目指す建学の精神があり、本学園の建学の精神は終始一貫して、「社会から喜ばれる技術を持ち、歓迎される人柄を兼ね備えた技術者の育成」を教育の目標としています。
私が私立学校を初めて創立したのは、昭和27年2月であり、今年ではや34年を経過しています。私は当時敗戦後の混乱期時代における日本の国民性を無視した外国見習い型教育の結果が、愛国心や隣人愛に欠け、民主主義をはきちがえた自己中心的な若者が増加しつつあることを憂える一人でした。そのため長い伝統と歴史の中で培われてきた、日本人としての父母、社会に対する感謝の念と勤勉さ・礼儀正しさなど、日本民族の国民性を自覚させるとともに、天然資源のない日本にとって、工業技術力を持った、青年を将来の日本のために育成し、社会に送り出したいという信念から、学園を創立しました。
東海工業高校におきましても、技術、人格ともに健全な育成を目ざし、日本人としての正しい精神教育を最重要視し、今日に至っています。
本校の建学の精神を表わしている「誓いの言葉」には多くの方々から賛向を受け、時代が変ろうとも・この精神をいつまでも伝統として、後世に受け継いでほしいと激励されています。現在、日進月歩の技術革新下・自由競争経済の中におかれている、わが国の企業が求めている人材は、確固たる社会観と地についた人生観を持ち、勇気と根性のある若者です。
卒業生諸君は堂々とこの荒波の中でたくましく生き抜いています。在校生諸君も先輩が長い間培ってきた本校の校風と伝統を受け継いで更に立派なものにして頂くよう、強くお願いしておきます。
私も卒業生諸君の母校を今後も発展させるよう、頑張り抜いていくつもりでありますので、卒業生諸君も時折りは母校へ寄っていただき、お互いの近況を話し合い共に努力してまいりましょう。
